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Last updated: Apr. 14, 2010

◆◆ スピンアイス化合物Dy2Ti2O7における気相・液相型転移 ◆◆

幾何学的なフラストレーションを持つスピン系では基底状態のスピン配列に巨視的な縮重度が残る場合があります。 パイロクロア酸化物であるDy2Ti2O7はそのような典型物質であり、 その残留エントロピーの問題が氷の結晶における水素原子の配置の問題と等価であることから「スピンアイス」と呼ばれています。 スピン系では磁場をかけてスピンを揃えることによって残量エントロピーを解消することができますが、 このときの整列過程が相転移を示すかどうかは興味ある問題です。 最近、われわれはDy2Ti2O7の[111]軸方向の磁化過程を極低温で調べた結果、 0.4 K以下の温度において1次相転移が起こっていることを見いだし、 これが残留エントロピーの放出を伴う気相・液相型の相転移と考えられることを示しました。


2003年9月のTopics図1
図1

図1はDy2Ti2O7のパイロクロア格子を[111]方向を上向きにして描いたものです。 パイロクロア格子は頂点を共有する正四面体からなり、各頂点にDy3+イオンが存在しています。 各Dy3+イオンの磁気モーメントは、四面体の頂点と中心を結ぶ軸を容易軸とするイジングスピンとして振舞い、 スピン間の強磁性的相互作用によって各四面体の4つのスピンのうち2つが内向き、 2つが外向きのスピン配置(2-in 2-out構造)をとります。 どの2つのスピンを内向き(外向き)にとるかで6通りの自由度があり、ゼロ磁場ではこれらがエネルギー的に縮退しているために、 パイロクロア格子上のスピン配列に巨視的な縮退が残ります(スピンアイス状態)。


[111]方向に磁場をかけていくと、まず各四面体の頂点にあるスピンが磁場方向に配向します。 このとき、2-in 2-out構造はまだ保たれているために、 四面体の底面の3角形の3つのスピンのうち1個は磁場と逆向きの成分を持っています(図1右図の赤い矢印)。 どのスピンが逆向き成分を持つかの自由度があるため、頂点共有する三角形からなるカゴメ格子上に巨視的な縮退が残ります。 これをカゴメアイス状態と呼んでいます。図1の赤い点は下向き成分を持ったスピンの分布の例を表します。 磁化曲線(図2)ではカゴメアイス状態に対応して飽和磁化の2/3の磁化を持つプラトーが現れます。


2003年9月のTopics図2
図2

さらに磁場を上げていくと、約1テスラで逆向き成分を持ったスピンが反転して2-in 2-out構造が壊れ、 3-in 1-out構造を持つ完全整列状態へと変化します。磁化過程にはこのとき階段状のスピンフリップが現れます。 このスピンフリップは高温(0.4 K以上)では連続的ですが、 0.4 K以下の低温において不連続的な磁化の飛びを示す一次転移になることがわかりました(図2挿入図)。 この相転移はカゴメアイスの残留エントロピーを解放する転移であり、 またカゴメアイス状態と3-in 1-outの完全整列状態とで並進対称性に差がないために気相・液相型の相転移であると考えられます。 図3に得られた磁気相図を示します。一次転移線は約0.4 K、0.9 Tに存在する臨界点で終わり、高温側では状態は連続的に変化します。


2003年9月のTopics図3
図3

強磁性体は気相・液相型の相図を示すと言われますが、 その場合の一次転移(T<TC, H=0)は磁場の反転に伴う自明なものです。 非自明な気相・液相型相転移は遍歴電子系のメタ磁性転移では知られていますが、 スピン系としてはDy2Ti2O7が初めての例であると思われます。


参考文献

T. Sakakibara, T. Tayama, Z. Hiroi, K. Matsuhira and S. Takagi: Phys. Rev. Lett. 90 (2003) 207205(1-4).