比熱測定から検証した鉄系超伝導体KFe2As2のノード構造とマルチバンド超伝導
鉄系超伝導体Ba1-xKxFe2As2はxの変化に伴って超伝導ギャップ構造も変化する非常に興味深い系です[1]。この系では、x~0.4近傍で超伝導転移温度Tcが最高値の38 Kを示し、その超伝導ギャップ構造はフルギャップであることが明らかにされています。一方、x=0のKFe2As2はTcが3.4 Kと比較的低い上に超伝導ギャップ構造もフルギャップではなくノードを持つことが指摘されています。前者と後者が同じ超伝導対称性を持つかどうかは、この系の超伝導発現メカニズムを理解する上で重要な問題であり、特にKFe2As2の超伝導ギャップにおけるノード位置はその問題を解く鍵となっています。最近のレーザー角度分解光電子分光(ARPES)実験ではKFe2As2の超伝導ギャップがΓ点に位置するフェルミ面の1つにoctet line nodeを持つことが報告され[2]、拡張s波超伝導の可能性が指摘されました。この結果はBa1-xKxFe2As2系で発現する超伝導の対称性が普遍的であることを示唆する1つの重要な結果です。しかし、ARPESでは表面の影響を受ける可能性が排除しきれないため、バルク量からの超伝導ギャップ構造の検証が望まれていました。
そこで我々は、バルク量である比熱を回転磁場中で測定することによってKFe2As2の超伝導ギャップにおけるノード位置の特定を試みました。ab面内で回転させた磁場中で比熱測定を行った結果、低温比熱が[100]方向の磁場下で極小を示すこと、およびその4回対称振動が0.08Tcで符号を変えることを明らかにしました(図1)。これらの結果は、フェルミ面上でフェルミ速度が[100]方向を向いたある箇所に超伝導ギャップノードが存在していることを示しています。ARPESから提案されたoctet line nodeシナリオではΓ点に位置する1つのフェルミ面上の[100]から[110]方向に5度傾いた方向にラインノードが存在しますが、その位置のフェルミ速度はほぼ[100]方向を向いており、今回の実験結果はoctet line nodeシナリオを支持する結果となっています。
さらに、磁場中で比熱の温度依存性を詳細に測定したところ、ab面方向の磁場下で低温比熱が奇妙なことに温度の低下とともに上昇することを見出しました。我々はその振る舞いがCeCu2Si2で観測された低温比熱異常[3]と良く似ていることに着目し、以下のようにマルチバンド超伝導のパウリ効果に起因したE~0近傍の状態密度の増大を反映している可能性を提案しました。
図2はKFe2As2の比熱を温度で割ったものを温度に対して鏡映にプロットしたもので(状態密度がエネルギーのべき乗に比例するという仮定のもとでは)準粒子状態密度のエネルギー分布に相当します。一般的に渦糸状態では、超伝導ギャップΔを持つシングルバンド超伝導体の状態密度エネルギー分布N(E)はE~Δ近傍にエッジ特異点のピークを持ち、|E|<ΔでN(E)∝|E|のV字形の構造を持つことが知られています[4]。KFe2As2は複数のギャップを持つマルチバンド超伝導体であるため、低磁場でマルチバンドに起因する2つのV字形がみられます。通常、状態密度のV字形構造は磁場を大きくしていくと上部臨界磁場Hc2に向かって徐々に抑制されることが期待されますが、実際にパウリ効果の弱いH // cでは2つのV字形がスムーズに抑制されていく様子が分かります。一方、パウリ効果が強く働くH // abでは中間磁場で小さい方のV字形がピーク状に変化しており、E~0近傍で状態密度が増大していることを示唆しています。通常のシングルバンド超伝導体ではパウリ効果によってギャップが急速に潰れるのでエッジピークがシフトしてもその高さが強く抑制されるのでE~0の状態密度の顕著な増大は起きません。しかし、強いパウリ効果がマイナーギャップに働く場合、メジャーギャップの存在によってマイナーギャップの大きさは有限に保たれたままになるので、マイナーギャップのV字形エッジピークがその高さを保持したままシフトされ、E~0近くの状態密度が増大することが起こり得ると考えられます。どの方向の磁場下でも強いパウリ効果が効くCeCu2Si2とは異なり、KFe2As2ではc軸方向の磁場下ではパウリ効果が弱くなるため、マルチバンドパウリ効果を磁場方向で制御できる良い例になっています。
以上のように、我々はKFe2As2についてARPESの結果を支持する回転磁場中比熱測定結果を報告し、またマルチバンドパウリ効果が起源と考えられる低温磁場中比熱異常を見出しました。本研究成果をまとめた論文はJournal of the Physical Society of Japan誌に掲載されました。
[1] M. Rotter et al., Phys. Rev. Lett. 101, 107006 (2008).
[2] K. Okazaki et al., Science 337, 1314 (2012).
[3] S. Kittaka et al., arxiv:1307.3499.
[4] N. Nakai et al., Phys. Rev. B 73, 172501 (2006).