カイラルd波超伝導体の有力候補URu2Si2の超伝導ギャップ構造を決定

ウラン化合物URu2Si2は17.5 Kで「隠れた秩序」と呼ばれる風変わりな相転移を起こし、さらに低温まで冷やすと1.4 Kで超伝導状態に転移します。「隠れた秩序」はそのメカニズムの難解さから物理学の長年の謎として多くの研究者を魅了していますが、その中で発現する超伝導もまたエキゾチックで非常に興味深い現象です。謎めいた「隠れた秩序相」の中でいかに超伝導が発現したのか、その難問に迫る上で超伝導ギャップ対称性の解明は極めて重要です。URu2Si2では、パウリ常磁性効果由来と思われる上部臨界磁場の強い制限が低温で見られること、時間反転対称性の破れが示唆されること、比熱や熱伝導率などの熱力学量がギャップにノードを持つ超伝導体に特有の温度依存性を示すことなどから大変珍しいkz(kx+iky)型のスピン一重項カイラルd波超伝導の実現が期待されてきました。

前述のカイラルd波超伝導は、(フェルミ面を球状に仮定すると)赤道上にラインノード、北極・南極方向にポイントノードを持つ超伝導ギャップ構造をとります[図1(a)挿入図]。したがって、URu2Si2がカイラルd波超伝導体であると結論づけるためには、ギャップ構造を実験から同定する必要があります。ところが、先行研究において0.34 Kの低温まで行われた磁場中比熱測定[1]ではノード由来の低エネルギー準粒子励起によるH1/2的な比熱の振る舞いがc軸方向の磁場下では観測されないことから、重いバンドには北極・南極のポイントノードのみが存在し、水平ラインノードは存在しないことが指摘されました。また、熱伝導率測定結果からも重いバンドでは同様のギャップ構造が示唆されています(軽いバンドには水平ノードが存在)[2, 3]。これらの結果はカイラルd波モデルと一見矛盾しますが、当時はバンド構造が明確でなかったため、赤道上に重いバンドが存在しなければカイラルd波モデルと矛盾しないと解釈されてきました。しかし、最近の研究の進展によって重いバンドが赤道を横切っていることが有力となり、先行研究で報告されたギャップ構造は期待されるカイラルd波モデルと相容れないことが分かってきました。

そこで本研究では、URu2Si2の超伝導ギャップ対称性の問題に決着をつけるために、より高純度なURu2Si2の単結晶を用いて比熱の温度・磁場・磁場方位依存性をより低温まで精密に測定しました。その結果、準粒子の熱的励起や不純物散乱による効果が抑えられたことにより、先行研究では見られなかったH1/2的な比熱の磁場依存性をc軸方向の磁場下でも検出することに成功しました[図1(a)]。この結果は、重いバンドのギャップが北極・南極のポイントノード以外にノードを持つことを示しています。加えて、ac面内回転磁場中において比熱が肩構造を伴う特異な磁場方位依存性を示すことを見出し[図1(b)]、それが水平ラインノードの存在によって引き起こされていることを微視的理論計算から明らかにしました[図1(b)挿入図]。

2016年1月のTopicsの図1
図1 : (a)T=0.2 KにおけるURu2Si2の比熱の磁場依存性。ラインノードを持つ超伝導体に特徴的なH1/2的振る舞いがいずれの磁場方位でも観測された。挿入図は期待されるカイラルd波超伝導のギャップ構造。(b)T=0.2 Kにおけるac面内回転磁場中比熱。低磁場領域(~ 0.3 T)においてθ=45度付近に特徴的な肩構造が見られる。挿入図はカイラルd波超伝導を仮定した微視的理論による数値計算結果で、実験で観測された肩構造を良く再現している。

これらの成果は、URu2Si2がカイラルd波超伝導体であることを決定づけるものであり、本研究成果をまとめた論文はJournal of the Physical Society of Japan誌に掲載されEditors' Choiceに選ばれました。。

※ 本研究は、日本原子力研究開発機構、琉球大学、理化学研究所、京都大学、立命館大学との共同研究です。



[1] K. Yano et al., Phys. Rev. Lett. 100, 017004 (2008).

[2] Y. Kasahara et al., Phys. Rev. Lett. 99, 116402 (2007).

[3] Y. Kasahara et al., New J. Phys. 11, 055061 (2009).



論文情報

Evidence for chiral d-wave superconductivity in URu2Si2 from the field-angle variation of its specific heat
Shunichiro Kittaka, Yusei Shimizu, Toshiro Sakakibara, Yoshinori Haga, Etsuji Yamamoto, Yoshichika Onuki, Yasumasa Tsutsumi, Takuya Nomoto, Hiroaki Ikeda, and Kazushige Machida
(preprint: arXiv:1511.06060)
This paper was selected for an Editors' Choice.