※ 注: この研究成果は京都大学固体量子物性研究室在籍時ものです。


Sr2RuO4の超伝導上部臨界磁場角度依存性

Sr2RuO4はその超伝導の発見から約15年が経った今でも世界中で活発な研究が行われ、現在ではスピン三重項超伝導体であることが確実視されている。その一方で、いくつかの未解決問題も残されている。その1つに、磁場をab面方向に印加した際に超伝導上部臨界磁場Hc2の上昇が低温で強く抑制される現象が挙げられる。このHc2の抑制はスピン一重項超伝導体でしばしば観測される常磁性対破壊効果によるパウリリミットと良く似ているが、ナイトシフトの実験結果は常磁性対破壊効果が起きないこと(磁場方向に偏極できるスピン三重項対であること)を支持しており、その起源は未解明のままである。似たようなHc2の抑制は他のスピン三重項超伝導体UPt3でも観測されており、UPt3においてもHc2の抑制の起源は明らかになっていない。起源は異なるかもしれないが、スピン三重項超伝導が有力視されている2つの超伝導体で共通に観測されるHc2抑制の起源は解決すべき重要な問題である。

我々はSr2RuO4Hc2の抑制が起きる条件を明確にするため、交流磁化率をプローブとしてHc2の温度・磁場方位依存性を調べた。Sr2RuO4Hc2は異方性が大きく、僅かな磁場のズレが大きな誤差を生むため、磁場方向を3次元的に精密制御できるベクトルマグネットを用いて、0.1度以内の精度で磁場方向を結晶軸に合わせて正確に実験を行った。その結果、以下のような特徴的振る舞いを見出した。

ab面と磁場方向の間の角度が5度以内のときにHc2が顕著に抑制される(図1(a))。その抑制は低温だけでなくTc近傍から起きている(図1(b))。

2009年11月のTopicsの図1
図1 : (a) 様々な磁場方向の下での温度磁場相図と(b) その傾きの温度変化。各曲線は、Tc近傍の傾きで規格化している。通常の軌道効果による対破壊機構では、Tc近傍でHc2が温度に対して傾き一定で変化し、低温でその傾きが抑制されることが期待されるが、磁場方向がab面近傍5度以内になると、期待される振る舞いからの顕著な抑制が観測される。

どの温度においてもHc2の角度依存性は3次元異方的質量モデルで良く再現できる(図2)。ab面から2度以内という非常に狭い範囲で3次元異方的質量モデルからの僅かな逸脱が起きているが、その逸脱は低温になるほど小さくなる。

2009年11月のTopicsの図2
図2 : Sr2RuO4Hc2の角度依存性。各曲線はc軸方向のHc2で規格化している。実線は3次元異方的質量モデルのフィッティング結果。

今後、これらの特徴的振る舞いを説明する新たな理論の構築が期待される。

この結果はPhysical Review B誌に掲載された


論文情報

Angular dependence of the upper critical field of Sr2RuO4
S. Kittaka, T. Nakamura, Y. Aono, S. Yonezawa, K. Ishida, and Y. Maeno
(preprint: arXiv:0906.2513)