CeCu2Si2が実は多バンドフルギャップ超伝導体であることを解明

従来のBCS理論の枠組みでは、電子が格子振動を媒介として対形成・対凝縮することで超伝導が発現すると解釈されます。一方で近年、電子が強く相互作用する系で従来の理論では説明できない多彩な超伝導が次々と発見されています。その先駆けとなった物質は、1979年に重い電子系で初めて超伝導が報告されたCeCu2Si2 [1]です。反強磁性量子臨界点近傍で発現するCeCu2Si2の超伝導はスピンゆらぎを媒介として強相関電子が対形成をした新しいタイプの超伝導であると考えられており、超伝導が従来の枠組みに収まらないことを実証した最初の例といえます。それ以降、重い電子系や有機物質、銅酸化物や鉄系化合物などにおいてユニークな非従来型超伝導の発見が相次ぎました。

こうした非従来型超伝導の多くは波数方向に依存性を持つ引力相互作用によって実現し、それに伴って超伝導ギャップも波数空間で異方的になることが知られています。また、その多くは特定の波数方向でギャップがゼロとなる「ノード」を持ち、そのノード構造が対形成メカニズムを解明する上で重要な鍵となっています。CeCu2Si2においてもこれまで精力的にノード構造の研究が行われ、研究者の間ではラインノードを有する異方的d波超伝導体であることが共通理解となりつつあります。しかし、超伝導ギャップにおけるラインノードの位置に関しては、dxy対称性とdx2-y2対称性の相反する2つの可能性が提案されるなど[2, 3]、発見から30年以上が経過する現在でも未だに結論には至っていません。

その理由の1つに、CeCu2Si2が強い試料依存性を示すことが挙げられます。磁気転移を伴わず超伝導だけを示す試料(S-type)があれば、超伝導転移を示さず反強磁性秩序のみを起こす試料(A-type)もあり、さらに両者が共存する試料(A/S-type)も存在します。そのため、純良な単結晶を得ることが難しく、ギャップ構造を決定するような精密な研究はこれまで困難とされてきました。しかし近年、組成比を制御することで試料の作り分けが可能であることが明らかにされ[4]、純良な単結晶を用いた精密な研究も行えるようになってきました。

そこで我々は、ドイツのSteglich教授・Geibel教授のグループから提供していただいた超伝導転移のみを示す純良な単結晶試料(S-type)を用いて極低温まで磁場中比熱測定を行いました。その結果、ゼロ磁場比熱は極低温で(ギャップにノードを持つときに期待される)温度のべき乗に比例した振る舞いというより、(フルギャップで期待される)指数関数的な温度依存性を示すことが明らかとなりました(図1左)。中間温度域で見られる温度のべき乗に比例した振る舞いから、これまではラインノード説が有力とされてきましたが、様々なモデルで解析を行った結果、2つのバンドにそれぞれフルギャップが開いているモデルで全温度域の比熱を良く再現できることが分かりました(図1左の下部挿入図)。これらの事実は、CeCu2Si2が実はマルチバンドのフルギャップ超伝導体であることを示唆しています。

さらに比熱の磁場依存性を測ったところ、低温低磁場で比熱はいずれの磁場方向においても磁場に対して線型に上昇することが分かりました(図1右)。この振る舞いはフルギャップの超伝導体で期待され、ギャップにノードがある際に期待されるH1/2に比例した振る舞いとは対照的です。また、ab面内における回転磁場中測定においてもギャップの異方性を反映した明確な比熱の変化は観測されませんでした(図1右の挿入図)。これらの結果はCeCu2Si2の超伝導ギャップがノードを持たないことを強く示しています。

2014年2月のTopicsの図1
図1 : (左)磁場中比熱の温度依存性。上部挿入図は温度磁場相図および比熱データの等高線プロット、下部挿入図はゼロ磁場比熱データと多バンドフルギャップモデルに基づく計算結果(実線)。(右)比熱の磁場依存性(下部)およびその磁場微分(上部)。挿入図はab面内回転磁場中における比熱の磁場方位依存性(T = 0.1 K、μ0H = 0.7 T)。

本研究結果に基づくと、CeCu2Si2はギャップに「ノードを持たない」超伝導体であることが有力です。しかし、準粒子のバンドが複数ある場合、比熱測定は有効質量が重い準粒子の寄与を主に検出するので、ここでの「ノードを持たない」という条件は1番目と2番目に重いバンドに開く超伝導ギャップに限られます(比熱測定で2つのバンドの寄与を検出したため)。そこで、CeCu2Si2のバンド構造の知見を得るために、LDA+U法によるバンド計算を行いました(京都大学の池田浩章氏による)。その結果、CeCu2Si2X点まわりに最も重い電子面(図2左)、Z点まわりに2番目に重いホール面(図2中央)を持つことが判明しました。このフェルミ面のトポロジーに基づくと、異方的d波(dxydx2-y2)超伝導はZ点まわりのバンドにノードを持つ必要があるため「ノードを持たない」超伝導とは両立しません。したがって、これまで有力とされていた異方的d波の可能性は低く、今後はs波やカイラルd波といったフルギャップの可能性を検証していく必要があることが明確となりました。

2014年2月のTopicsの図2
図2 : LDA+U法によるバンド計算から得られたCeCu2Si2の3枚のフェルミ面。電子バンド(左)の有効質量が最も重く、hole2バンド(中央)が2番目に重い。

以上のように、本研究では極低温磁場中比熱測定からCeCu2Si2が実は多バンドフルギャップ超伝導体であることを明らかにしました。また、ここでは触れませんでしたが高磁場で多バンドパウリ効果によると思われる比熱・磁化の異常も見出しました。CeCu2Si2の超伝導ギャップが実はノードを持たないという発見は、「CeCu2Si2は異方的d波超伝導体」という長年の研究者間の「共通理解」に変更を迫るものであり、非従来型超伝導の研究に新たな指針を与える重要な成果です。本研究成果をまとめた論文はPhysical Review Letters誌に掲載されました



[1] F. Steglich et al., Phys. Rev. Lett. 43, 1892 (1979).

[2] H. A. Vieyra et al., Phys. Rev. Lett. 106, 207001 (2011).

[3] I. Eremin et al., Phys. Rev. Lett. 101, 187001 (2008).

[4] S. Seiro et al., Phys. Status Solidi B 247, 614 (2010).



論文情報

Multiband superconductivity with unexpected deficiency of nodal quasiparticles in CeCu2Si2
Shunichiro Kittaka, Yuya Aoki, Yasuyuki Shimura, Toshiro Sakakibara, Silvia Seiro, Christoph Geibel, Frank Steglich, Hiroaki Ikeda, and Kazushige Machida
(preprint: arXiv:1307.3499)