重い電子系超伝導体UPt3の異常な磁場方位依存性
重い電子系物質UPt3はスピン三重項超伝導体であることが確実視されていますが、その超伝導対称性やc軸方向の上部臨界磁場Hc2が低温で強く抑制されるメカニズムは未だ議論の渦中にあります[1]。我々は超伝導ギャップ構造およびHc2の抑制される起源解明を目指して、様々な温度・磁場・磁場方位のもとで比熱測定を行いました。
比熱は低温で準粒子状態密度に比例する物理量で、超伝導クーパー対がどの程度壊れているかを知ることができます。図1は様々な磁場方向のもとで比熱の磁場依存性を測定し、(H/Hc2)1/2に対してプロットした結果を示しています(θは磁場とc軸のなす角)。Hc2の抑制がみられないa軸(θ=90)方向の磁場下ではH1/2依存性がHc2近傍までみられます。この比熱のH1/2依存性はノードを持つ超伝導体の特徴で、UPt3の超伝導ギャップにノードがあることを支持しています。また、H1/2依存性がHc2近傍まで保たれていることは、磁場中でクーパー対が運動することによる対破壊効果(軌道効果)が支配的であることを意味しています。
一方で、磁場をc軸方向(θ=0)に印加すると、比熱は低磁場ではH1/2依存性に従いますが、ある磁場(~0.25Hc2)を越えるとH1/2よりも急劇に上昇していくことが分かりました。この比熱の急上昇は軌道効果以外にも別の対破壊メカニズムが働いていることを示唆しています。特にθ ≤ 30の磁場方位のもとで比熱の急上昇が顕著であり、この角度範囲において何らかの特殊な対破壊効果が起きていることを突き止めました。
本研究で明らかにした比熱の急上昇は、c軸方向の磁場下で観測されるHc2の強い抑制と密接に関係していると考えられます。Hc2抑制の起源は、パウリ常磁性効果(磁場方向にスピンが偏極することによる対破壊効果)の可能性が考えられていますが、NMRナイトシフトの実験結果[2]からはc軸方向の磁場下でパウリ効果が起きないこと(磁場方向に偏極できるスピン三重項対)が支持されており、未だ解決には至っていません。よく似た起源不明のHc2の抑制は、別のスピン三重項超伝導体(の有力候補)Sr2RuO4でも知られており[3, 4]、スピン三重項超伝導を理解するために解決しなければならない重要な問題となっています。本研究でUPt3のHc2抑制が起きる条件を明らかにしたことで、今後Hc2抑制メカニズム解決の糸口となることが期待されます。
さらに我々はUPt3の超伝導ギャップ構造を特定することを目指して(方法についてはこちらを参照)、c軸中心に回転させた磁場中で比熱測定を行いました。最近、回転磁場中熱伝導率測定[5]から低温高磁場領域で2回対称の熱伝導率振動が報告され、c軸中心に2回対称性を持つ超伝導ギャップ構造(E1uモデル)が提案されましたが、奇妙なことに50 mKの低温まで行った回転磁場中比熱測定では超伝導ギャップの異方性を示唆する比熱振動は検出されませんでした(図2)。比熱と熱伝導率測定から一見矛盾する結果が得られた原因については現在のところ分かっていませんが、マルチバンド効果の可能性などが考えられます。UPt3の超伝導対称性を解明するためには、今後も多方面からの研究が必要です。
これらの結果はUPt3超伝導の謎を解明する上で重要な手掛かりになるものとして期待されており、本研究成果をまとめた論文はJournal of the Physical Society of Japan誌に掲載され、Editors' Choiceに選ばれました。また、News and CommentsおよびJPSJ注目論文コーナーに紹介記事が掲載されています。
[1] R. Joynt and L. Taillefer, Rev. Mod. Phys. 74, 235 (2002).
[2] H. Tou et al., Phys. Rev. Lett. 80, 3129 (1998).
[3] S. Kittaka et al., Phys. Rev. B 80, 174514 (2009).
[4] Y. Maeno and S. Kittaka et al., J. Phys. Soc. Jpn. 81, 011009 (2012).
[5] Y. Machida et al., Phys. Rev. Lett. 108, 157002 (2012).