極低温角度分解磁場中比熱測定から見た異方的s波超伝導体CeRu2のギャップ構造
超伝導ギャップ構造を決定する強力な実験手法の1つとして極低温回転磁場中比熱測定があります(詳しい解説はこちらをご覧いください)。実際に、これまでに様々な異方的超伝導体のノード構造が決定されてきましたが[1]、本手法を用いて異方的フルギャップの構造(ギャップ極小の位置やその大きさ)を研究した例は多くありません。微視的理論に基づく数値計算[2]によるとギャップ異方性を反映した比熱振動の相対振幅は、ノードを持つ場合にはギャップゼロが存在するため低温低磁場でも有限の値に残るのに対して、異方的フルギャップの場合はギャップ極小の大きさに相当する磁場(ギャップ極小が小さい程低くなる)以下にすると温度とともにゼロに減衰することが予想されています。しかし、この理論予測に対する実験からの検証は極低温環境(<0.1Tc)が必要なこともあって未だに行われていません。
我々はこの理論予測を検証する舞台として比熱やNQRなどの実験から異方的s波超伝導体であることが分かっているCeRu2(Tc = 6.3 K, μ0Hc2 ~ 5.2 T)に着目しました。以前行われたCeRu2の(001)面における回転磁場中比熱測定[3]では、[110]方向にギャップ極小が存在することを示唆する4回対称の比熱振動が観測されています。さらに、300 mKの低温まで比熱振動を調べた結果0.5 T(~ 0.1Hc2)の低磁場下で温度とともにその相対振動振幅がゼロに向かって減衰傾向を示すことも報告されています。低温で振動振幅が実際にゼロになるところまでは観測されていないため上述した理論予測の実証には至っていませんが、それを検証できる絶好の舞台と言えます。そこで、我々は更に低温の90 mK(~ 0.014Tc)まで論文[3]で用いられた試料(sample 1)および別の試料(sample 2)の比熱測定を行い、実験事実の提供を試みました。
まず極低温における比熱の温度変化を調べた結果、sample 1には若干の磁性不純物が混入していることが判明し、またsample 2に比べてsample 1のギャップ極小値は(不純物散乱の影響で)2倍程度大きくなっていることが明らかになりました。2つの試料でギャップ異方性が異なっていることはギャップ異方性が比熱振動に与える影響を調べることを可能にし、非常に好都合です。さらに我々は立方晶のCeRu2のギャップ異方性をより詳細に調べるため、(-110)面([001]、[111]、[110]軸を含む面)において磁場を回転させsample 2の比熱の変化を調べました(図1)。その結果、以前の研究[3]で観測された[001]方向の比熱極大と[110]方向の比熱極小に加えて、[111]方向に比熱の極大が観測されることを見出しました。立方晶の[110]方向にギャップ極小が存在すると必然的に[001]、[111]方向に局所的なギャップ極大が存在するため、得られた結果は正にそのギャップ極大・極小の位置を反映した結果となっています。
さらに、この比熱振動の相対振幅A4の温度・磁場依存性を詳細に調べたところ(図2)、sample 2では極低温低磁場で相対振幅が実際にゼロになっていることを実験的に初めて観測しました。 また、「比熱の相対振動振幅が低温でゼロに減衰する磁場」がsample 1では0.5 Tでしたが、ギャップ極小が半分程度小さくなっているsample 2では特徴的な磁場もおよそ半分の0.2 T(~ 0.05Hc2)に低下していることを明らかにしました。この結果は、「比熱の相対振動振幅が低温でゼロに減衰する磁場」がギャップ異方性と相関していることを示す重要な実験事実です。
以上のように、我々は異方的フルギャップ超伝導体の角度分解磁場中比熱を極低温まで詳細に明らかにした初めての例と言える実験結果を報告し、微視的理論から予測されていた「低温低磁場でギャップ異方性を反映した比熱振動の振幅がゼロに減衰すること」および「振動振幅が減衰する磁場が異方的ギャップの極小値と相関を持つこと」を示す実験事実を提供しました。本研究成果をまとめた論文はJournal of the Physical Society of Japan誌に掲載されました。
[1] T. Sakakibara et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76, 051004 (2007).
[2] P. Miranović et al., J. Phys.: Condens. Matter 17, 7971 (2005).
[3] A. Yamada et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76, 123704 (2007).